この5年間でフルートの製造現場は大きく変わった。昔なら「この5年間でかつては新興のメーカーも力を付けてきて、今では製造技術上の差はあまりなく、お客様の好みで選択しても間違いのない時代になった。」と言えたかもしれない。
しかし2006年初頭、現実は全く違う。ほとんどのメーカーが普及品から最高級品までラインナップを揃えてはいるが、実際は各メーカーがもっとも得意とするユーザーのセグメントにターゲットを絞り、ピーター・ドラッカー風にいえば「強みを生かせるところで勝負をする」戦略を推進している。
その結果、"ハンドメイドは最高品質だが普及モデルは割高"だったり、"普及モデルは抜群のコストパフォーマンスだがハイエンドはまだまだ"といったグレードの分化がはっきりしてきた。
ことわっておかねばならないが、高級品が得意なメーカーが良くて普及品が得意なメーカーが良くないといっているのではない。良質な普及品を作る技術は高級品を作る技術とは違った分野で高度のエクセレンスが必要で、この点は高級品しか作れないメーカーはまねの出来ないことでもあるからだ。しかも本当にフルート界の発展に貢献しているメーカーは愛好家の増加を促す、良質で低価格のフルートを製造している会社だ。
とは言っても、「普及品だけ作っていますが高級品作っていません」ではお客様へのイメージは悪い。高級なハンドメイドを作っている会社なら、その会社の普及品までもその技術が生かされていると考えるのが普通だからだ。必ずしも正しくはないが。
フルート・サロン・アルスは初めてフルートを買おうとしている方を対象にしたウェブ・ショップではない。昨今の現実と当店のスタンスを考えると時代にそぐわなくなった「フルートの選び方」をどう改変するか悩んでいるところだ。メーカーによる違いを同じ土俵で表現できなくなっているからだ。
最近、無視できないのが「世界の工場中国」のフルート製造現場への参入だ。海外メーカーの事情に詳しくない方が想像する以上に中国の製造コストは安い。
アメリカやヨーロッパの楽器製造では、部品レベルは中国で製造し、設計と組立及び調整を本国で行うという製造パターンは全く普通に行われている。これでも最終的に製品が完成するのは本国なのでMADE IN USA や MADE IN GERMANYとなるわけだ。そのようなメーカーの中には工場を持たない楽器メーカーも存在する。それも結構伝統的あるブランドで!
日本のフルートメーカーでは、中国で部品を作っている会社はまだほんの少しだ。しかし、価格競争力や商品供給能力の点から考えるとアメリカ・ヨーロッパに習うメーカーは増えると思う。
だが、すべてのメーカーがそのようになるとは思わない。部品といっても大量生産レベルの部品だからだ。
日本の伝統あるメーカーの工場に行くと始業前にほとんど全職人がフルートの練習をしている。この道何十年と思われるような職人翁が米粒の10分の1ぐらいの大きさのバネかけを左手にバーナー、右手に糸より細いくらいのロウ棒をもってロウ付けしている熟練の技を見ると、中国内陸部から出てきた出稼ぎの10代の女工が取って代わるなんて考えられない。
オマケにひとつアメリカと中国が生んだ不思議なパウエルの話。私もちょっと理解に苦しむ。(笑)
アメリカのパウエルにはハンドメイドの下のクラスにシグネチャーというモデルがある。このシグネチャーモデルはアメリカ・ボストン製でパウエルのホームページにも紹介されているが、ボストンのパウエルの工場では購入できない。購入するにはパウエルのショップに行かなければならない。さらにシグネチャーモデルの下にソナーレというモデルがある。こちらは中国製だがパウエルのホームページにも紹介されていない。日本でこれを購入するにはパウエルのショップでも買えない。クロサワ楽器だけが輸入販売している。
これだけでも十分おもしろいのだが頭部管を見るともっとおかしくなってしまう。
シグネチャーモデルにはハンドメイドと同じ頭部管がついている。ソナーレモデルにはシグネチャーモデルと同じ頭部管がついている。それぞれ、そのように紹介されている。であればソナーレの頭部管はハンドメイドの頭部管と同じものと言うことになる。ソナーレモデルの価格は198,000円、ハンドメイドの頭部管の価格は230,000円。ん?それならソナーレモデルの本体はマイナス32,000円???本体だけ買うとお金がもらえるのかな?
いったいどこでこんな事になってしまったのだろう。
2006.01.17