私は循環呼吸は結構得意な方である。と、言うとトータルな技術でよっぽど上手いように聞こえるかも知れないが、ただ単に循環呼吸ができるだけだから、勘違いしないでほしい。
一部のフルート奏者にとって、循環呼吸はとても興味のある技術の一つだと思う。私もかつては循環呼吸にあこがれたひとりだった。
私が循環呼吸なる技術があることを知ったのは高校生の頃、イシュトヴァン・マティスの演奏をFM放送で聞いてからだ。それから、ずいぶん興味を持っていたものの、実際に練習をすることはなかったが、数年前、なぜか、どうしてもマスターしたい欲求に駆られて1年間近く猛練習した結果、今では自由に使えるようになった。
最初のうちは、隣のオーボエ奏者が笑って演奏できなくなるぐらいひょろひょろと不安定だったが、今では無伴奏チェロ組曲の1番のプレリュードをほとんどノーブレス(実際は鼻からブレスをしているが)で演奏できるまでになった。
コツは、ほっぺたに息をためるというよりは、顎の下にためるような感覚にするとうまくいくのと、ブレスをのんびりするのではなく小さく分けて素早く吸うことだ。
最初のうち、できるようになったら面白がって、わざとロングトーンでのばしているところで息を吸って、わざとらしくテクニックを見せびらかしていたが、息が足りないと無意識に循環呼吸でごまかしてしまうくらいに上手くなってくると、フレーズの継ぎ目でブレスをするようになり、結果的に音楽的な演奏ができるようになった。
循環呼吸はバッハと相性がよいと思う。ロ短調ソナタの2楽章などは、普通の奏法では息を吸うために分断してしまうところで、音を残したままブレスをすることで音楽が柔軟につながっていく。アルペジョーネソナタでも便利だ。
私の場合、実際ほとんどの曲でほとんど無意識に近く使っている、タンゴの歴史のカフェ1930年でも使っている。オーケストラではたとえばグリーグのピアノ協奏曲の終楽章のソロのような、ブレスをとる場所がいくつも考えられるところを、いっそのこと一息で演奏すると、吹き終わった後「ざまあみろ」といった優越感に浸れる。
しかし、何にもまして重要なのは、使えることを証明する段階を早く卒業して、本来のフレーズの切れ目でブレスをする余裕が必要だと思う。
できるようになると不思議に難しい技術だとは思わなくなる。21世紀には普通の技術になるかも知れない。まだできない人は若いうちにぜひマスターしてはどうだろうか。
1999.06.28