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スケール設計について(音程・音色・奏法)

 

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 「○○のフルートは音程が良くない」と言う人もいれば、同じフルートを「良い」と評価する人もいる。完璧な音程のフルートとはどんなフルートなのだろうか。

正しい音程とは(平均律、和声的、旋律的、表情的・・・)

 さて、正しい音程とはいったい何なのだろう。音程についての初級レベルでは半音階のすべての音がチューナーの表示でぴったり合っているということだろう。しかし、少し音楽を深く考えると別な音程感が要求されてくる。

まず、最初は和声の中での三度音程だ。長三度は平均律より約-12セント、短三度は約+16セント修正しないと合わないというアレである。次は旋律的に考えて導音や椅音を解決音に近くするナニである。この和声的と旋律的だけで第三音の位置はかるく四分音ほども変えなくてはいけない。もう少し踏み込むと表情的に高い低いといった音程が必要になる。たとえば、ブルースで使われるブルーノートのジャスト音程は理論的には表現できない。
更には、平均律以前の曲、特にルネサンス時代の無伴奏曲を平均律で吹いてしまうと何とも味気ない音楽に聞こえてしまう。この時代の美意識では“均等とは退屈”であり、それぞれの音程や音色が(訳あって)不揃いなことが“いとおかし”とされた。

 これらのことを考えると、正しい音程という言葉が意味することは多様であり、良い音程というのは時と場合と解釈で色々存在すると言える。
平均律的に正しい音程が出やすいフルートは足場がしっかりしているにすぎず、音楽の実際の現場ではその足場からフレキシブルに上下できる柔軟なアンブシュアと、何より“良い音感”が必要だ。

モイーズの音程

 良く取りざたされる問題に「モイーズの音程は良いのか」ということがある。モイーズ信者の一団は「音楽的に正しい音程」と言って譲らない。一方で学究的なグループは「当時の楽器の未完成度がもたらした調子っぱずれ」だとする。
当時の楽器でも現代人が注意深く演奏すれば平均律で演奏できるし、モイーズと同時代の奏者でも、もっと現代の奏者と同じような音程で演奏している人もいるのだから、少なくとも楽器のせいではなく、また、調性に関係なく絶対音痴な音もあることからモイーズの音程の好みというか、彼の絶対フルート音程スケールがあの音程だったのだろうと思う。

勿論、私はケノンのモイーズモデルのフルートを吹いた経験があるし、宇宙はビッグバンから始まったと信じている人間であるからモイーズ教の信者ではないが、演奏と功績に対して大きな敬意を抱いている。

完璧な音程のフルートとスケール設計

 完璧な音程のフルートがあるかというと「あり得ない」と思う。
フルートのトーンホールはひとつの音だけのためにあるのではなく、第一オクターブと第二オクターブ、三オクターブ目の倍音ホールなどと多目的に使用される。目的によって最適な大きさや深さはそれぞれ異なるのであるから、すべての音域で完璧な音程を作れる配列は、実は無いのだ。
そこで各社工夫を凝らしてスケールを設計するのだが、これが一筋縄ではいかない。なぜなら奏法と音色の好みによってスケール設計が変わってくるからだ。

グローバル化した現代フルートのスケール

 フルート界が現代ほどグローバル化していなかった40年近く昔はフルートの奏法にもフランス風、アメリカ風、ドイツ風、イギリス風とはっきりした違いがあった。音楽的なセンスの問題ではなく奏法上の大きな違いは、息の吹き込み角度とアパチュアからエッジまでの距離、そしてスケール設計に特に関連してくるのだが、歌口穴の開口率にあった。
今から35〜40年前は唯一神マルセル・モイーズを崇めたてるフレンチ・スクール教全盛時代で、極端な内吹きとスイカの種をはき出すようなタンギングに美を感じたフルーティストがフルート界を席巻していた。(ひどい言い方でごめん)
同じフランス人ということでかなり奏法の違うマルセイユ派のランパルもモイーズと同じスタイルだと勘違いされていて、ランパルの人気も高く、彼の吹くヘインズ社のフルートは憧れの名器だった。
そんなフルート界に受け入れられようと、黎明期の日本フルートメーカーは自社の製品を開発していったのだが、そのような訳で当時はヘインズのスケールのコピーかその亜種がほとんどだった。
30000番台のヘインズを吹くとわかるのだが、中音域のA-Eの音程が、現代のブランネンをはじめとするアメリカのフルートに比べると若干だが幅が広い。つまりFとかEあたりの音程が下がり気味に聞こえる。奏法を調整すると、この特徴が落ち着いた甘い音色を誘発する。
現在でもムラマツ、ミヤザワ、サンキョウの大御所はこの傾向のスケールで製作している。

さて、フルート界のグローバル化が進んだ現代ではどうなっただろう。
各流派は混血して各国の特徴は僅かとなり、内吹き外吹きが中間的になり、歌口穴の開口率も7割程度が一般的になった。
このような奏法と十分な音量確保を考慮して開発されたのが、クーパースケール以降のスケールであり、現代アメリカのハンドメイドクラスのほとんどがこの種のスケールで作られている。先に述べたとおり、オールドヘインズに比べると中音域の右手の音程が僅かに持ち上げられ、そのことで明るい音色と軽やかなレスポンスを実感できる。現代の中庸な奏法では無理なく平均律的な音程が出せる。
日本では比較的新しいアルタスやフルートに力を入れだした以降のパール、ヤマハなどがこのスケールを採用している。
これらのメーカーのフルートが、特に初心者から音程がよいと思われるのは、初心者にありがちな外吹きで吹いても中音域の音程が素直だからだろう。

良い音程はバランスから

 これまでの話でおわかりと思うが、現在新品で販売されているフルートは一流メーカー製であれば、悪い音程のフルートはないといって良いだろう。
しかし、スケール設計が違うと、良い音程で吹くためにはスケールが要求する奏法が必要で、その結果、音色やレスポンスに少なからず影響を与える。
まずは自分のフルートを知らなければならない。私はハンドメイドクラスフルートを自分のものにするのには3年はかかると思っている。その特徴を理解するだけでなく自分の体で覚えて無意識のレベルまで持って行かないと操れない。そう成ってはじめて平均律の音程からブレークスルーできるのだと思っている。
良い音程での演奏は楽器のスケール設計だけではなく、操る奏法、求める音色のバランスが大切なのだ。もちろんセンスの良い音感は言うまでもない。道は遠い・・・